塾長コラム
COLUMN
- HOME
- 塾長コラム
加藤塾長の
マンスリーコラムMonthly Columun
みなさん、こんにちは!進学アカデミーFUJIの加藤です。
少し遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
昨年の7月に開校した、進学アカデミーFUJIですが、おかげさまでなんとか年を越すことができました。
本当にありがとうございます!
2025年もFUJIの「豊かに、一歩ずつ」という教育理念を体現、実現する塾を目指して邁進してまいります。
さて、今回のコラムは「宿題とは何か」を考えてみたいと思います。副題として、「年始の挨拶にかえて」と書きましたが、挨拶してしまいましたね(笑) (年始ですからそこは大目に見ていただけるとと思います…)
本題に入りましょう。宿題についてです。
「宿題は出るんでしょうか?」
「宿題はどのくらい出ますか?」
FUJIに限らず、今まで勤めた塾でも、こういう質問を受けることがよくありました。
シチュエーションとしては、無料体験の前後の面談において、入塾をご検討中のご家庭からです。
当然の質問ですよね。
そういう質問に対して、私はだいたいこのように答えてきました。
「宿題は出しております。ただ、量に関してはその時の学習状況や時期等(テスト直前期や年末年始等、長めの連休を挟む場合)により、調整して出しています。」
今もこのような感じでお答えしています。
また、それと合わせてこういうこともお伝えています。
「塾での授業は、分からないことを分かるようにする、といったことに主眼を置いています。
ですが、分かると出来るは、同じではありません。解き方や考え方が分かっても、自分の力で確実に出来るようになるには、やはり練習(演習)が必要です。
また、一度分かったものでも、人間の脳は誰しも覚えたことを忘れるように出来ています。ですので、次回の授業までに宿題に取り組むことで、短期的な記憶を長期的なものにするという意味もあります。」
もちろん、こういう考えが唯一とは思いません。
生徒によっては、他の言葉や言い方で伝えた方が宿題の意味や目的が伝わる、ということは往々にしてあるでしょう。逆に、そこまで言葉を重ねて伝えなくても、「宿題は出されたらやるもの」とそれほど疑問を抱かずに取り組めるという生徒もいると思います。(実際のところそれほど多くはないとは思いますが)
ここで言いたいのはどちらが良いか、悪いかということではありません。
ただ、最近改めて「宿題って何だろう?」と考え直すことがありました。とくに何かきっかけがあったのか。よく分かりません。・・・いえ、潜在意識の中ではあったのかもしれません。
ともかく、「宿題とは何か」ということを自分なりに問い直し、意味や意義を再定義してみたわけです。
まず前提として宿題というものは、その塾が出す出さないも含め、定義し設定すればいいと思っています。宿題をしっかり出す塾もあります。その反対に、宿題を出さない塾もあります。その塾の方針次第です。
ただ、一般的に塾の宿題というのは多いものというイメージを抱いている方(生徒、保護者)が少なくない気がします。
実際、「以前通っていた塾の宿題がこなせなくなって、別の塾を考えているんです」というお話も、面談ではよく伺います。そういう背景もあるのでしょうか、先程のように「宿題ってあるんですか?」と聞いてこられる親御様の表情を拝見すると、どことなく心配そうです。
一方の生徒の側ですが、こちらが出した宿題をもれなく完遂してくるという生徒はあまり多くありません。前回出した宿題をやって来なかった、というオチになることはやはり多いです。(ご想像の通りですかね…(笑))
種明かしをするような話になりますが、ある程度指導経験のある指導者からすれば、「こちらが出した宿題をやってこなかった」なんていうのは、ある意味想定内です。今まで勉強が苦手だった生徒がすぐに宿題をやってくるということは、そうであれば素晴らしいことですが、それほど多くはないと思っています。
想定内ではあるのですが、想定内であることと、宿題をして来なかったことに対して、「まあ、仕方ないよね…」と生徒に対して声をかけてしまうのは、全く別の話ですね。
間違っても「宿題、やって来られなくても仕方ないよね」なんて言ってしまうと、当の生徒に「宿題なんてやらなくてもいいんだ」と思われてしまうからです。
宿題をやって来なかったからと言って、いきなり怒るようなことはいたしません。その点はご安心ください(笑)ですが、「宿題をやって来なかったことに対して、こちらとしては残念に思っているし、何より君のためにはならないよ」ということは、その時々で言葉は違っても、伝えるようにしています。
ここからようやく今回のコラムで一番伝えたかったことになります。
そもそも「宿題が出される」という表現、言い回し自体を今一度考え直してみてもいいのではないでしょうか、ということです。
宿題に限らず、そもそも勉強というのは誰かから課せられるものなのかどうか。
もちろん、勉強が苦手でこれからなんとか頑張りたいという生徒に対して、いきなり「宿題なんて自発的にやって当たり前だよね」などと言うつもりはありません。
ですが、「行きたい高校や大学がある。そこに是非とも受かりたい」というのなら、話は違います。
考え方や気持ちは切り替えるべきだと思うのです。学校や指導者から課される宿題を待つのではなく、自分から積極的に取りに行く。そういった姿勢があってもいいなと思いますし、むしろ「机に向かってないと不安で居ても立っても居られない」という気持ちになるくらいで普通なのではないか、と思います。
逆に言うと、そんな気持ちになるくらいの進学先や将来やりたいことを見つけたいものですね。
こんなことを言うと、理想に聞こえるかもしれません。「実際そこまでの生徒がいたとしてもごく少数だし、そんなにうまくいくわけないよ」と言われるかもしれません。
仰る通りです。でも、全くもって理想でいいのです。理想で何が悪いのでしょうか。
理想を掲げて、それに向かって一歩ずつ進み続ける。その営みがあってこそ、人は成長できると思っています。
「ここに行ければいいな」「なれたらいいな」ではおそらく達成できないでしょうし、進んでいるように見えて実は何も進んでいない、近づいていないということになるでしょう。
「絶対ここに行く」「絶対〇〇になる」という能動的で、強い気持ちがあってこそ、目標は達成できます。結局のところそういう自発的な気持ちや行動に勝るものはありません。
ですから、宿題も然り。「出されるか、出されないか」ではなく、「出されてなくてもやる」。いきなりではなくてもいいので、少しずつそういう姿勢に変えていきたいものです。
最後にお知らせです。
12月から実施中の「冬の学習応援キャンペーン」ですが、適用期間は1月31日までです。
2月以降のご入塾の方に限り、1月の授業料を全額無料&通い放題としています。
ご興味のある方はご連絡ください。
連絡方法は、進学アカデミーFUJIのHPや電話の他、インスタやXのDMでも受け付けております。
SNS
今日もつぶやいてます
最新情報は、エックス、Instagramで


